当院には婦人科があります、私自身は婦人科ではありませんが、女性の病気について私なりに考えてみましょう。

ヒトゲノム(遺伝子のことと思ってください)は1万年前の石器時代からさほど変化していません。石器時代と現代ではわれわれの生活環境は大きく変化していますが、人間は石器時代のプログラムのまま現代の生活にどうにか適応させているといっていいでしょう。当然どこかに歪みが生じるはずです、それが病気となって現れます。

石器時代と現代の女性では生殖活動に大きな差があります。石器時代には避妊法はなく多くの子供を産んでいたことでしょう。現代では、子供の栄養状態の向上もあり、年々初経年齢は早まっています。この傾向から考えると石器時代の初経時期は遅かったと予想されます。16歳と設定してみましょう。寿命とも関連しますが、閉経は早かったと予想されます、40歳で閉経となっていたことでしょう。栄養状態がよくないので、乳児にとって頼りになるのは母乳であり、授乳期間は長く2-3年はあったものと予想されます。生涯の妊娠回数は4回以上あったのではないでしょうか。そうすると生涯月経回数は100回もなかったはずです。一方、現代女性の初経は12歳前後で、閉経は55歳前後です。そして妊娠回数は非常に少なく、平均的には2回程度であり(現在の日本)、授乳期間は1年です。そうすると、生涯月経回数は400回を超えてしまいます。繰り返しますが、我々のゲノム設計は石器時代とさほど変わっていません、現代の月経回数の増加は女性にとって負担となり、なんらかの病気と関連していると考えることが自然です。子宮内膜症や卵巣がんは月経回数の増加がひとつの要因となっています。卵巣がんは早期に見つかることが少なく治療困難ながんのひとつであり、出産回数の多い女性はかかりにくいこと、また経口避妊薬を常用している女性はかかりにくいことが疫学的に示されています。すなわち月経回数が多ければ多いほど、卵巣がんなど生殖器系のがんにかかりやすいといえます。いうまでもなく、現代女性に妊娠を勧めることはできませんが、月経回数を減少させ卵巣がんリスクを避ける試みがあっていいでしょう。月経回数を減らすことが女性の身体にとって良いことはまたの機会にお話します。

月経前に気分障害や睡眠障害、もしくはさまざまな筋肉痛を訴える女性は多いです。月経前症候群(PMS)という病気と最近では認識されています。その症状はさまざまで、眠気のため事故につながったり、自殺にいたるケースまであります。女性の衝動的な犯罪の多くはPMSによるという報告もあります。月経前にエストロゲンが減少し、プロゲステロンが優位となります。PMSではエストロゲンやプロゲステロンレベルは正常人と変化ありませんので、プロゲステロンの作用が強くでることが原因かもしれません。まだ病気のメカニズムははっきりしていません。月経を経験する女性の80%がなんらかのPMS症状を経験しているとされ、5-8%は中程度から強い障害となっています。治療法についても確定したものはないですが、セロトニン阻害薬にある程度効果はあるようです。

では、多くの女性を苦しめているPMSがなぜ存在するのでしょうか。ひとつの考えは、月経前には妊娠する可能性がないので、余分なコストをかけないよう男を寄せ付けないようにするためというものです。生存のために余分なコストをかけないこと進化的にはよくみられることですが、人間にとってセックスはすでに生殖のみの目的ではないので余分なコストとはいえないところがあります。もうひとつは、女性が男性を見極める手段に使っているというものです。人間の子どもはあまりにも非力で、子育てにはかなりの投資が必要となります。女性は配偶者が自分と自分のこどもに投資してくれるかどうかを見極める必要があります。妊娠と同時にどこかへ逃げてしまう男では困ります。女性自身にとってPMSは辛い状態ですが、配偶者にも当然影響を及ぼします。女性側からみた場合、ある意味理不尽なPMS症状があっても、自分のもとにとどまる男性は長期の投資をおこなってくれる存在といえます。恋人同士の小さなけんかもお互いが試しているともいえます。イスラエルの生物学者でありアモツ・ザハヴィが「絆の確認」とよんでいることと相当するでしょう。ザハヴィは鳥の行動を観察し、雌は求愛する雄を突っつき追い払おうとしますが、それでも求愛してきた雄と交尾します。将来投資してくれるかどうかを見極めているわけです。動物界では多くみられる現象ですが、人間社会でも同様のことがあるのかもしれません。